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福岡高等裁判所 平成元年(ネ)442号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の控訴人らに対する各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「控訴人らの各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表九行目の「先路上」とあるを「先交差点」と改め、同一〇枚目表二行目末尾に続けて「最判平成元年一月一九日(判例時報一三〇二号、一四四頁)は、所得補償保険金について、『被害者は受領した保険金の限度で損害賠償請求権を喪失する。』旨の判示をしているところ、本件の労働災害総合保険は、政府労災保険の完全な上乗せ保険であり、しかも右の所得補償保険普通保険約款には保険者代位の規定はないのに、労働災害保険普通保険約款には保険者代位の規定すらあり、より損害填補の色彩が強い保険である。従って、右菊谷商店から被控訴人に支払われた保険金は損害額から控除されるべきである。」を加える。

2  同一〇枚目表八行目の「「」を削除し、同末行目「保障保険金」を「補償保険金」と改め、同枚目裏七行目末尾に続けて「また、本件の労働災害総合保険は、事故の被害者である被控訴人を被保険者或は受取人とするものではなく、保険者が保険金を支払ったことにより被控訴人の控訴人らに対する損害賠償請求権を代位取得する関係になく、事故による休業を原因とする所得の喪失を填補することを目的とする保険でもないことが約款上から明らかであるから、控除されるべきものではない。」を加える。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求を理由がないものとして棄却すべきものと判断する。

その理由は、労働災害総合保険に基づく保険金給付の控除の可否の判断を後記のとおり改め、また、その余の一部を訂正するほかは、原審の認定、判断のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目裏四行目「九月三〇日」を「一二月三〇日」と、同一五枚目裏一一行目から同一六枚目表五行目までを、「前記第三の三に認定の事実、弁論の全趣旨及び〈証拠〉によれば、被控訴人は、大正七年一二月一四日生れで事故当時六三才であり、その可働可能年数は七年であったこと、事故後二年余り経過した昭和五八年三月五日にその後遺障害が固定し、前記のとおり労働能力喪失率が二〇パーセントに相当する一一級と認定されたことが認められ、これに前記年収額四六八万三二〇〇円を基礎として、その逸失利益を算出すると、次の算式により三七五万八七三六円となる。

四六八万三二〇〇円×〇・二×(五・八七四-一・八六一)」と、同一二行目及び同一八枚目裏二行目に各「二四六六万六二六六円」とあるを「二二八〇万五一六二円」と、同三行目に「一八四九万九六九九円」とあるを「一七一〇万三八七一円」と各改める。

2  原判決一六枚目裏末行目「駐車していたこと」の次に「魚市場等が近いために、同交差点付近は大型トラックや保冷車等が頻繁に停車する場所であること、」を加え、同一七枚目裏一三行目「駐車車両もあった」を「駐車車両もあって左前方の見通しがきかなかった」と、同一八枚目表三、四行目「進行したことが」を「進行したもので、この点の注意義務違反が」と、同一一行目冒頭の「しかして、」から同一二行目「総合すると、」までを「被控訴人は自転車に乗車したまま、右方の安全確認を怠って、いわば車道上への飛出し行為に出たと評価し得るが、控訴人田坂は対向車線に跨っての進行を余儀なくされる状況にあったのであり、本件交差点がやや変形であるとはいえ、前記のとおり、横断する車両等のあることは容易に予想し得たものであり、その過失は、自動車運転者の注意義務の違反としては重いといわねばならず、これら被控訴人、控訴人田坂の過失の対比等を総合勘案すると、」と、各改める。

3  労働災害総合保険に基づく保険金の控除について

当裁判所は、右保険金は控除すべきものと判断するので、原判決一九枚目表一一行目から同二〇枚目表二行目までを次のとおり改める。

「五 損害保険について

被控訴人の雇用主菊谷商店を被保険者として千代田火災海上保険株式会社(以下「千代田火災海上」という。)との間に労働災害総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)が締結されていたこと、右保険会社は被控訴人に対し、保険金五四二万三九一〇円を支払ったことは当事者間に争いがないところ、控訴人らは右金員も損害額から控除されるべき旨主張する。

よって、検討するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人の雇用主である菊谷商店が千代田火災海上との間で締結していた本件保険は、労働災害についての労働災害補償保険法に基づく保険(以下「労災保険」という。)に対する上乗せ保険で、被保険者の労災保険加入が契約締結の前提であり、後遺障害による逸失利益及び休業損害の算定については、後遺障害等級や休業期間は、右保険法等による決定に従うものとされていること

2  同保険約款の条項は、法定外補償条項(第一章)と使用者賠償責任条項(第二章)及び一般条項(第三章)に分かれているが、法定外補償条項は、法定外補償規定等(被用者に対し、労災保険法等の給付のほかに一定の災害補償を行うことを目的とする労働協約、就業規則等)が設けられている場合は、これにより被災被用者に支払うべき給付金の範囲内で保険契約をした金額を、同規定等が設けられていない場合は被保険者(使用者)が被用者に給付する補償金として保険者と被保険者との間で契約をした金額を、それぞれ使用者に支払うものであり、使用者賠償責任条項は労働災害が当該使用者の責任で発生し、使用者自身に損害賠償責任がある場合に、労災保険及び右法定外補償条項や他の法定外補償保険による支給額に上乗せをして、給付額を完全なものに補完するものであり、本件保険金は前者(法定外補償条項)に該当するとして支払がされたこと(なお、本件において菊谷商店の就業規則、給与規則、賃金規定〈証拠〉には、法定外補償規定が存在することを窺わせる条項はなく、後記5の確約書作成の経緯に照らし、存在しなかったと認めるのが相当である。)。

3  右法定外補償条項中には、被保険者は受領した保険金全額を被用者らに支払わねばならず、違反したときは、受領したうちの被用者らに支払われなかった部分を保険会社に返還する旨の条項があり、使用者は被用者への支払を義務付けられていること、第三章の一般条項中には「法定外補償条項により保険金を支払うべき場合に他の重複保険契約があるときは、同条項による給付額を按分比例して減額する。」旨の条項(第二〇条)があるほか、同じく第二三条では代位について「1 被保険者が被用者の身体の障害につき第三者に対して損害賠償の請求(連帯債務者に対する求償を含む。)をすることができる場合において、保険会社が被保険者に保険金を支払ったときは、支払金額を限度として被保険者がその者に対して有する権利を取得する。2被保険者は、保険金を受領したときは、前項によって保険会社の取得する権利の保全及び行使につき必要な行為をし、かつ、保険会社の要求する証拠及び書類を遅滞なく提出しなければなりません。」との条項が置かれていること

4  給付額の設定方法には定額式、定率式があり、菊谷商店は、休業損害については、賃金を受けない日の第四日目以降の期間(普通約款で上限は一〇九二日分と決められているが、いずれも労災保険の補償期間を踏まえて決められている。)に対し、一日につき給付基礎日額の四〇パーセント(労災保険では六〇パーセントであり、その余の四〇パーセント分を填補する趣旨である。)で、後遺障害については、後遺障害等級一一級の障害を被った場合は、給付基礎日額の四〇〇日分を支払うとの内容の契約を結んでいたこと

5  被控訴人は、昭和五八年一二月三〇日をもって菊谷商店を退職するに際し、同月二六日付確約書を同商店に差し入れて千代田火災海上から本件保険金を代理受領したが、同確約書の前文には、本件事故による退社と昭和五一年一月から昭和五六年一月間の役職手当三六六万円の支給の経緯等が記され、更に被控訴人が確守履行する事項として「前文記載該事故に対応する団体保険契約(本件保険契約等をいう。)に関し、貴社がその事務処理手続を行うに際しては、全面的に協力し、その処理上必要な診断書等の書類並びに福岡営業所長辞任届等の提出要請があれば、異議なく速やかに貴社に提出し、また、その保険金請求並びに受領等については異議、故障等は申し立てないこと。但し、千代田火災海上の労働災害総合保険(労災認定条件四〇パーセント)分については私の受領とする。」、「貴社と私との間には、前文記載の金員以外には、従業員としての債権債務関係は無いこと、その他一切を含めて、何等の債権債務関係は無いことを認め、故に貴社に対して、爾後、退職金等の名目にかかわらず一切の請求、要求はしないこと。」「官公庁はもとより、第三者より、前文記載の金員の額、名目、内容等につき、異議、故障の申し出があったときは全て私の責任において解決し、また管轄官庁の認否の有無の場合も同様とし、貴社にはいささかの御迷惑もお掛けいたしません。」等の記載がされていること

6  被控訴人が千代田火災海上から受領した右金員の内訳は、休業補償保険金として二三〇万六三一〇円で、後遺障害保険金として三一一万七六〇〇円であるが、休業補償は、菊谷商店と前記保険会社との間の契約に基づいて、当初の七二日間についての給付基礎日額を五八三七円とし、その後の六八六日分は七七九四円とし、その四〇パーセントを支給するものとして算定され、後遺障害については右七七九四円を給付基礎日額として算定されたものであったこと

以上の事実が認められ、被控訴人は、右確約書の作成と千代田火災海上からの保険金受領につき、「実用新案の権利の帰属等をめぐっての対立紛争の解決金として受領したにすぎない。」旨反論し、〈証拠〉中には一部これに副う部分があるが、〈証拠〉の内容に照らして措信できず、右保険金については、約款の趣旨に従い、本件事故による損害を填補するものとして被控訴人が右受領することで円満に解決されたと認めるのが相当である。

右認定のとおり、本件保険契約は雇用主を保険契約者、被保険者として締結され、被用者は直接に保険会社に対しては保険金請求権を有しないが、雇用主は被用者に対しての支払を義務付けられており、その被用者が災害等により就業不能等となり、その結果生じた損害で労災保険補償により填補できない部分を更に填補し、もって一次的には労働者である被用者の救済を、二次的には雇用主の出捐ある場合にその填補を図ることを目的としているものであり、重複保険の場合の按分支払の条項も存することを勘案すれば、本件保険のうちの、特に法定外補償条項の第三者災害による場合は、実質的には右就業不能を保険事故とし、これにより被用者に生じた損害を保険証券記載の金額を限度として填補することを目的とした損害保険の一種を定めたものと解するのが相当である。

もっとも、約款上は、保険金は被保険者である雇用主に支払われるもので、災害を受けた被用者が保険会社に対して直接の保険金請求権を有するものではなく、雇用主への支払により直ちに保険会社が第三者に対する損害賠償請求権を取得するとはいえず、前記約款の第三章二三条は、一次的には、保険金の被用者への支払による雇用主の損害賠償請求権の代位取得とこれに続く同請求権の保険会社への譲渡を予定していると解されるが、要は労災補償法一二条の四の損害賠償請求権の代位取得と同旨を定めたものというべく、被保険者の協力のもとに、出捐した保険会社に請求権を取得させることを約し、これを明らかにしたものということができる。

しかるところ、本件保険金は前記の5の確約書に従い、直接に保険会社である千代田火災海上から被控訴人に支払われたもので、もとより被控訴人は菊谷商店の本件保険契約の締結、同契約の内容等を知悉しながら、保険金を代理受領したものであるから、千代田火災海上の損害賠償請求権の代位取得を承認したものと解釈するのが相当である(なお、〈証拠〉によれば、福岡県弁護士会からの照会に対し、保険会社である千代田火災海上は被控訴人の損害賠償請求権を代位取得した旨の回答をしていることが認められる。)。

以上のとおりであるから、千代田火災海上は控訴人らに対する損害賠償請求権を取得したもので、その結果として被控訴人は保険金の支払を受けた限度で損害賠償請求権を喪失するのであるから、本件保険による給付分は被控訴人の損害から控除されるべきものである。」

4 原判決二〇枚目表三ないし五行目までを、次のとおり改める。

「六 以上の支払われた金額の合計は二一五二万八四一一円であり、前記過失相殺後の損害額一七一〇万三八七一円を上回ることが明らかであるから、被控訴人の損害は全て填補されたということができる(なお、労災補償給付分或は本件保険給付分の控除につき過失相殺後の休業損害、逸失利益からまず控除すべきであるとしても、過払いとなることが明らかである。)。

従って、被控訴人の控訴人らに対する本訴各請求は理由がない。」

二  以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものであり、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 川本 隆 裁判官 牧 弘二)

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